マズーリ湖水地方でヒトラーの総統大本営跡を歩く

北ポーランドのマズーリ湖水地方。その奥深く、ロシアの飛び地の国境に近い場所にひっそりと残るコンクリートの廃墟群。
ここはポーランド語ではヴィルチ・シャニエツWilczy Szaniec、ドイツ語でヴォルフスシャンツェWolfschanzeと呼ばれる戦争の第二次大戦の重要な史跡のひとつ。直訳するとオオカミの砦という意味で、ヒトラーが1941年6月から44年11月まで総統大本営を置いた場所です。
私がここを訪れたのは9月の半ばでしたが、この北東部ポーランドは気温が比較的低いため、もうすっかり秋という感じでした。

爆発物等が残っている危険性があるエリアへは立ち入り禁止になっている

湖沼地帯の森の中を進むとその場所とは不釣り合いな途方もなく頑丈なコンクリートの廃墟が無機質に残っているという印象を受けます。
ここは、ソ連との戦争を計画していたヒトラーにとっては、ソ連の近くで相手を観察するには絶好の立地だったそうです。当時の基地は空から偵察されてもわからないように通路を作るにも自然の木の配置を変えず道路や建物にも念入りにカムフラージュを施すしていたといわれます。周囲には地雷原、建物の周りには鉄条網などで2重に防護壁を築くなどしていました。ちなみにヒトラーのいた壕の大きさは幅32m、奥行36m、高さ10m、天面のコンクリート厚は8m、重量5万トンもありました。

この「オオカミの砦」では1944年7月に、第2次大戦史でもっとも重大な出来事のひとつであったナチスの高級将校が計画したヒトラー暗殺未遂事件が起きています。ワルキューレ作戦と呼ばれたこの事件は2008年にトム・クルーズが主犯のシュタウフェンベルク大佐を演じて映画化されたことで知られています。

シュタウフェンベルク大佐がヒトラーの爆殺を企て、未遂になった場所

この事件の後、1945年1月になるとソ連軍の猛攻により日々前線はこの基地から近くなり、ドイツ軍はこの基地からの撤退を余儀なくされました。その際に数千トンの爆薬を仕掛けて堅固なコンクリートの基地の爆破を試みたそうで、爆発の衝撃で8キロ先の町の教会のステンドグラスが割れたと現地ガイドが教えてくれましたが、これには本当に驚くべき事実でした。

入口にある案内図

Wilczy Szaniecへは最寄りのケンチシンKętrzynからバスかタクシーでギェルウォシGierłożへ行きます
距離は約8kmですが、バスの本数も少ないのでほかの旅行者と割り勘でもしてタクシーを利用する方が良いと思います。
公共交通機関を調べるなら www.e-podroznik.plで、上の二つの地名をコピ&ペーストして検索してみてください。