「ショパンの心臓は白く、結核の痕があった」

ワルシャワの聖十字架教会にはショパンの心臓が安置されている。

ショパンは20歳の時にポーランドを出て、二度と祖国に戻ることなく1849年にパリで亡くなりました。
しかし、彼の心臓は遺言によって姉ルドヴィカがポーランドに持ち帰り、現在はワルシャワの聖十字架教会に納められています。
19世紀半ばのパリからワルシャワまで何日もかかって移動した時代に、その後もずっと保管できる状態を保ちながらどうやって心臓を運んだのか疑問に思ったことはありませんか?
ホルマリンに漬けという説もインターネット情報に出ているようですが、ホルマリンを使うと時間の経過とともに組織が収縮してゆくのは避けられないそうです。そうだとすると、今月17日に「ショパンの心臓は白く、結核の痕があった」という見出しの記事と動画のような形態では残らないはず。
いったいショパンの心臓はどんな容器でどういう状態で運ばれてきたのでしょうか。ちょうど出ていたのが下の記事で、URLはポーランドの日刊紙ガゼタ・ヴィボルチャのネット版で、とても詳しく書かれています。
http://warszawa.wyborcza.pl/warszawa/1,54420,16656019,Odkrycia_naukowcow__serce_Chopina_jest_biale_i_ma.html

これによればポーランド文化省が行った記者会見では、状態をした専門家が瓶に納められた心臓を確認したところ、保存液は160年も経つのにまだ5mm程度しか蒸発しておらず、良好な状態にあるためにあえて開封する必要はないと判断を下したのだそうです。循環器系の問題があったショパンの心臓は標準の人より大きめで、高さ16センチ直径12センチの瓶のなかに、アルコール(おそらく70%のコニャック)漬けにされてパリから持ち帰られたのですが、160年近くアルコール漬けになっているため、人の心臓の色(赤い色)は白く変色しているそうです。瓶の蓋を閉め際にワセリンを塗りすぎたので、おそらくそれが解けて保存液の上にさらに膜となり、アルコールの蒸発を防ぐ効果があったのだろうと専門家がインタビューに答えていました。
これまで瓶入りのショパンの心臓を実際に人が見たのは1945年が最後。ですから今回の調査は69年目の「御開帳」となりました。ワルシャワの観光ルートのなかで、聖十字架教会は必ず訪れる場所といってもよいほど有名な教会です。
ただ、ここではお祈りしている方たちもいらっしゃるので、シャッター音や大きな声でのおしゃべりには気を付けてお参りしてくださいね。

 

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